
結果を知らせるメールを開いた。
選ばれた、と書いてあった。
最初の一秒で、これから必要になるものが浮かんだ。
契約の手続き。
打ち合わせの日程。
誰に連絡するか。
いつまでに、何を決めるか。
頭の中にいくつもの箱が現れて、情報がきれいに収まっていった。
二秒目に、喜びが来るはずだった。
いつもそうだった。
段取りが先に動く。
そのあとで、よかった、と思う。
少し笑って、肩の力が抜ける。
でも、その日は二秒目が来なかった。
画面には、確かに選ばれたと書いてある。
欲しかった結果だった。
何週間もかけて準備した。
誰にも直されないところまで整えた。
なのに、何も追いついてこなかった。
おめでとう、と声をかけられた。
ありがとうございます、と答えた。
笑うことはできた。
体は、こういう日の動き方を知っていた。
声の高さも。
口元の角度も。
喜んでいる人に見えるための、短い言葉も。
知らなかったのは、自分が何を感じているかだけだった。
夜、一人になってから、提出したものを開いた。
整っていた。
間違いはなかった。
相手が欲しい言葉が、相手が受け取りやすい順番で並んでいた。
その中に、自分が立ち止まった場所はなかった。
本当は気になっていたことも。
うまく言えずに置いてきた感覚も。
全部、入れなかった。
入れなかったから、選ばれたのかもしれない。
画面を閉じた。
暗くなったモニターに、自分の顔が映った。
成功すると、嬉しいのだと思っていた。
でも成功は、ときどき、
自分が何を置いてきたのかを、
一番きれいに見せる。
二秒目は、最後まで来なかった。
その代わり、ずっと見ないようにしていたものが——
少しだけ、こちらを向いた。
二秒目が来なかった—静川朔