
昨夜は、ちゃんと幸せだった。
湯気の立つ食卓で、今日あったことを話した。
たいした話ではなかった。
買い物の途中で見かけた犬のこと。
駅前の店がなくなっていたこと。
少し笑って、温かいものを食べて、布団に入った。
これでいい、と思った。
朝になると、不安がいた。
目が覚めるより少し早く、胸の奥で待っていた。
まだ起きていないこと。
届いていない場所。
足りない数字。
昨日までは見えなかったものが、朝の光の中で急にはっきりした。
また来た、と思った。
せっかく幸せだったのに、と。
昨夜の穏やかさを返してほしいと思った。
どうして持っていられないのだろう。
どうして朝になるたび、なくしてしまうのだろう。
何度も、そう思った。
幸せな夜。
不安な朝。
その間を行き来するたび、どちらかが嘘なのだと思っていた。
幸せなら、不安になってはいけない。
満たされているなら、何かを欲しがってはいけない。
でも、たぶん違った。
昨夜の幸せは、もうここにあるものだった。
朝の不安は、まだ手放していないものの形をしていた。
守りたいから、怖くなる。
進みたいから、足元を確かめたくなる。
不安が来たからといって、幸せが消えたわけではない。
朝になったからといって、昨夜が嘘になるわけでもない。
どちらも、自分の中にある。
今日も、不安はいた。
だから、おはよう、と言った。
追い出せたわけではない。
仲良くなれたわけでもない。
ただ、また来たことを知っている。
そして、いつかまた穏やかな夜が来ることも——
少しだけ、知っている。
また来た—静川朔