降伏できる場所

会議で初めて、「できません」と言った。

言う前に、喉が乾いた。

これまでは、何を頼まれても方法を探した。
時間が足りなければ、自分の時間を足した。
人が足りなければ、自分が二人分動いた。

できないと言うことは、
能力がないと認めることだと思っていた。

期待を裏切ること。
役に立てない自分を、人前に出すこと。

だから、できると言い続けた。

できるように見せることだけが、上手になった。

その日、資料を開いたまま、手が動かなかった。

数字は読めた。
何をすべきかもわかった。

でも、これ以上進めたら、誰かが壊れると思った。

たぶん、自分だった。

「このままでは、できません」

声は思ったより小さかった。

部屋が静かになった。

責められると思った。
失望されると思った。

一人が、何が必要ですか、と聞いた。

すぐには答えられなかった。

できないと言う練習はしてこなかった。
助けてほしいものに、名前をつけたこともなかった。

少しずつ話した。

期限。
人数。
もう持てないもの。

話すたび、肩が下がった。

降伏したのだと思った。

でも、会議が終わっても、仕事はなくならなかった。
自分の席もなくならなかった。

ただ、一人で守っていた戦場のルールが変わった。

降伏は、すべてを諦めることではなかった。

もう一人では戦えないと、
誰かに知らせることだった。

弱さを見せられる場所は、
負ける場所ではない。

ようやく、戦わなくていい場所になる。

降伏できる場所—静川朔