
同じ言葉を言われても、傷つかない人がいる。
だから、自分が弱いのだと思っていた。
気にしすぎるから。
期待しすぎるから。
人の言葉を、必要以上に受け取ってしまうから。
でも、傷には出てきた場所がある。
人に期待して、傷つく人がいる。
わかってほしかった。
選んでほしかった。
同じくらい大切にしてほしかった。
差し出したものが返ってこないとき、痛みは相手のいる方から来る。
自分に期待して、傷つく人もいる。
もっとできると思っていた。
こんなことで迷わないと思っていた。
昨日より、少しはましになっていると思っていた。
なれなかった自分を見るたび、痛みは内側から来る。
どちらが正しい、という話ではない。
ただ、傷の出所が違う。
だから、ときどき言葉がすれ違う。
人に傷つけられた人へ、
「気にしなければいい」と言ってしまう。
自分で傷ついている人へ、
「そんなこと誰も求めていない」と言ってしまう。
どちらも、少し正しい。
そして、少し届かない。
全部わかる必要はないのだと思う。
同じ痛みを持っていなくてもいい。
同じ場所で傷つけなくてもいい。
ただ、目の前の人の傷が、
どちら側から来ているのかを知ろうとする。
それだけで、言葉の置き方は少し変わる。
治せなくても。
代わってあげられなくても。
痛い場所を、間違えずに見ようとすることはできる。
傷の出所—静川朔