
その人は、うまくないまま続けていた。
絵を描いていた。
最初の頃は、本当にうまくなかった。
形は歪んでいたし、色は濁っていた。
何を描いたのか、説明されてもわからないことがあった。
それでも、その人は描いていた。
周りが進路を決めても。
就職の話を始めても。
描いてどうするの、と聞かれても。
反抗しているようには見えなかった。
ただ、描くことをやめなかった。
自分は、もう少し器用だった。
人より早く覚えた。
それなりに褒められた。
でも、人並み以上にはなれないとわかったとき、趣味だと言った。
趣味なら、負けたことにならないと思った。
その人にも、現実を考えたほうがいいと言った。
心配していた。
将来困ってほしくなかった。
本気で、そう思っていた。
ある日、二人で笑っていたとき、自分の声が聞こえた。
空っぽだった。
同じように笑っているのに、
その人の声には何かが入っていた。
自分の声には、形だけしかなかった。
そのとき、初めてわかった。
やめてほしかったのだ。
心配だったからではない。
その人が続けている限り、
途中で降りた自分が見えてしまうから。
忠告の顔をした嫉妬だった。
それから、少し距離を置いた。
その人が眩しかったのではない。
その人の光に照らされた自分を、
見たくなかった。
いま、その人がまだ描いているかは知らない。
でも、何かを始めようとするたびに思い出す。
うまくないまま、やめなかった人を。
そして、うまくできることだけを選び、
自分の声を空っぽにした日のことを。
空っぽの声—静川朔