大丈夫としか言えない夜

「大丈夫?」と聞かれた。

大丈夫、と答えた。

答えてから、自分の息が浅いことに気づいた。

夜だった。
部屋の灯りは消していた。
机の上の画面だけが白く、届いた連絡の数だけ赤い点が並んでいた。

一つ開く。
短く返す。
次を開く。

手は動いていた。

動けているうちは、大丈夫なのだと思っていた。

食べられる。
話せる。
笑おうと思えば笑える。

だから、まだ助けを求めるほどではない。

そうやって、助けを求めていい場所を、少しずつ遠ざけた。

大丈夫は、便利な言葉だった。

相手を安心させられる。
話を終わらせられる。
これ以上、自分の中を見なくて済む。

何度も使ううちに、
大丈夫と言った後の自分しか、人に見せられなくなった。

本当は、何が苦しいのかもわからなかった。

仕事なのか。
眠れないことなのか。
期待されることなのか。

ただ、息が浅かった。

胸の上に、見えない手が置かれているようだった。

もう一度、「本当に?」と聞かれた。

大丈夫、と言いかけた。

その日は、最後まで言えなかった。

「わからない」

そう答えた。

助けて、とも言えなかった。
苦しい、とも言えなかった。

でも、大丈夫ではない言葉を、一つだけ外に出した。

相手は、すぐに励まさなかった。

ただ、そこにいた。

しばらくして、少し深く息が入った。

大丈夫ではない夜に、
大丈夫としか言えなくてもいい。

いつか、その次の言葉が見つかるまで。

大丈夫としか言えない夜—静川朔