
好きな子の前で、親友を「変なやつ」と呼んだ。
小学生だった。
放課後の教室に、西日が入っていた。
机を端に寄せて、みんなで行事の準備をしていた。
親友は、一人だけ違うことをしていた。
頼まれたものではなく、
自分が描きたいものを描いていた。
困るよね、と誰かが言った。
仲がいいんでしょう、と好きな子がこちらを見た。
その瞬間、いくつかの答えがあった。
うん、仲がいい。
あいつには、あいつのやり方がある。
自分から話してみる。
どれも言えた。
でも、口から出たのは、
「近所なだけだよ。あいつ、変なやつだから」
という言葉だった。
みんなが少し笑った。
好きな子も笑った。
その場は、それでうまく収まった。
帰り道、親友の家の前を通った。
二階の窓に明かりがついていた。
きっと、まだ描いていた。
呼び鈴を押せなかった。
守れなかったのではない。
自分の居場所を守るために、
親友を差し出した。
そのことを、子どもの自分はちゃんと知っていた。
次の日、廊下ですれ違った。
親友は、いつもと同じように手を振った。
聞こえていたのかもしれない。
聞こえていなかったのかもしれない。
怒ってくれたほうが、楽だった。
ひどい、と言われたら、
ごめんと言えた。
でも、その人は何も変えなかった。
変わらないやさしさは、
ときどき、責められるより痛い。
あの夜からずっと、
自分の中に西日が残っている。
変なやつと言った夜—静川朔